熱燗もよし、ぬる燗でもよしの渋い男たち
時代劇のドラマに剣客商売があるが、その中の「逃げる人」という回をみると、熱くした燗酒とそばがきが食べたくなる。
自宅で観ているのだから、すぐ食べたいなら自分で作ることになるわけだが・・・。
無言で雪平鍋の中でしゃもじを動かす。額に汗がちょっとにじむ。
料理でいうなら、ちょっと手間のかかる酒肴、しかも自分の力加減や気の入れようで出来が変わるというものは、誰かに食べてもらっても、自分だけのために作っても楽しい。
私は、中村又五郎さんの秋山小兵衛が好きだ。大人になってから原作を読み、さらに年を重ねて感じ方も変わったからだろうか。
藤枝梅安に出演されていたときの音羽の半衛門もよかった。
こういう、善と悪との境の人は、池波正太郎の作品の中にたくさん出てくる。
いや、多くの人は心の中で善と悪とを行き来するものであろうが、それが完全なる善、完全なる悪というものではないから、人間の心は割り切れないようになっているのだろう。
藤枝梅安も萬屋錦之介から岸谷五朗まで映画ドラマで色んな俳優さんが演じているが、私は藤枝梅安は渡辺謙、彦次郎が橋爪功のコンビが好きだ。
食べものを囲む二人は、もちろん仕掛け人であるから血なまぐさいわけだが、生きている楽しみの酒と酒肴、これから出かける修羅場のための酒と酒肴の違いを味わえるのは原作を読むほうがいいが、火鉢に鍋をかけて酒を飲む梅安と彦次郎はドラマでも十分渋いのである。
一人で燗酒を楽しみながら悪の美学に酔うには、このシリーズが一番で、さいとう・たかを先生の漫画もあるのが嬉しい。
鍋を囲むという点では、落語の二番煎じも聞いていて熱燗と鍋の取り合わせに心躍る。
旦那衆の密やかな楽しみは、罰するほうも重ねて望む「美味しくて罪のないこと」だし、実際、風邪をひかぬための滋養にはとても役に立つ燗酒と鍋の組み合わせ。
まだ春先、冷え込む日には落語家による違いを楽しみつつ鍋のネギなどつつきたいものであるが、三番、四番と煎じすぎては翌日は二日酔いにて滋養もオシャカになりますので、ほどほどに。