ラーメンより大切なもの~東池袋大勝軒 50年の秘密~この男はハードボイルド、いや、ハートボイルドな熱い男だ
ラーメンの神様といわれた男のラーメンは、一度だけ食べた。
ひしめくという感覚は覚えている。
狭い厨房、行きかう丼、黙々と作り出されるラーメン、黙々と食べるお客、長い行列。
一口食べて笑顔で顔をあげたら、大将も少し微笑んだように見えたのは、私の都合のいい錯覚かもしれないが、それでもいい。
このドキュメンタリーは東池袋大勝軒の創業者である山岸一雄さんを追ったものである。
店主の山岸は満身創痍であるが、朝の四時から誰よりも早く仕事を始める。
美味くて、安くて、満足のいく量があるってのがオレのラーメン
山岸 一雄
シンプルなようだが、真似はなかなか出来るものではない。
気を抜けば、それは顧客からの反応で返ってくるものだ。
気を入れて品質を確かめ、商品の出来を確認しながら仕事をすることと、単なるルーチンワークは違う。
大将の味を40年以上食べ続けるお客様もいれば、毎週車で二時間以上かけて通うお客様もいる。
その味を「幸せを分けてもらったような」と表現するお客様がいることは、最高の賛辞である。
元気のでるラーメン、温かさを感じるラーメンは、作り手である山岸さんの人柄とラーメンに向かい合った人生が作り出す喜びの滋味である。
教えを乞うものには、何でも教える懐の広さも人柄をあらわしているが、これは自信の裏返しでもあろう。
病気が悪化して山岸さんが倒れて入院すると、半年で行列はなくなり、あまりにも暇になったため、弟子が通りがかりの人に呼び込みの声をかける場面も。
味が定まらないと客足はじわじわと遠のいてしまう。
カリスマ性のある店主が不在なのは大きく、売り上げは半分に。
創業45年にしての危機が大勝軒に襲いかかる。
その後の山岸さんの復活から大勝軒の閉店に私はグッっとくるものがあった。
弟子たちを従えての大勝軒を背にした記念撮影が終わった場面では、ほんの一瞬だが、富田 治さんが映る。山岸さんのラーメンに向き合う姿勢が彼らに引き継がれていっていると思うと「人」がいかに大事なものかがわかる。
退院する山岸さんが語った言葉は、一途にラーメンと向かいあった熱い男のものである
やっぱりラーメンと生きていきたい。
お客さんと共に。
山岸 一雄
強く、優しく、そして少しせつない。
ラーメンに生きた男の物語として、お店の物語として見ごたえ十分なドキュメンタリーである。
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