食の変化を感じたら早めに改善してみる
閉店前の食品売り場。
割引シールが次々と貼られて、お客さんが店員さんを囲むようにして待っている。お肉屋さんは、割引シールのついた唐揚げのパックを並べていた。私の隣にいた紳士が、パックを手に取り考えこんでこう言った
「いやぁ、これだと少し多いなぁ・・・」
チラリと目が合ったときに
「もうねぇ、こんなには食べられなくなってねぇ」
そうですか、と曖昧にうなづく私。
生まれつき大食漢、健啖家という人がいて、これは体質というものも大きく影響するだろうが、やはり年を重ねてくると健啖家の人も少しずつ食べる量が減ってくるようだ。池波正太郎のエッセイを読むと、60代に入っても健啖家で食べすぎなくらいに食べて、痛風に苦しみながらもしっかりお酒も飲んで、夜食も食べるのだが、60代半ばにかかる頃になると、やはり食は少食になってきている。
虚弱、少食、食が細いというイメージからはかけ離れているブルースリーは子供の頃には食が細く、青年期に食生活の改善に取り組んだといわれているし、 あの瀬戸内寂聴さんは、結婚する前に弱い体質を改善しようと断食道場にいったということで、どちらかというと、虚弱体質や食の細い人の方が何かしら改善をしようとする傾向にあるみたい。
↓意味なく蹴りを繰り出したくなる映画です。肉離れに要注意。
多くの場合、ダイエットをする目的で食の改善をする人はいても、健啖家の人や大食漢の人が少しでも少食になろうと食を改善したという話はきかない。
健啖家の人の中には、前よりも食べられなくなったと食の量の変化を衰えのサインとして憂う人がいるが、年を重ねると少食になっていく、もしくは少食にならざるを得ない状態になっていくのが普通のことで、少しでもこれまで通りに食べよう、飲もうとして、それが病気の原因になり、苦しんだあげく少食にならざるを得ない状態になるよりも、気づいたときに食の改善をすることで、人生の食の楽しみが大幅に減るという事態を早期に招かないことの方が大事なのではないだろうか。